ご報告と御礼

どうもお待たせしました。塾長の工藤です。

しばらくブログを書いていませんでした。

その間、塾生やその保護者の方々には多大なるご心配をおかけしましたこと、改めてお詫び申し上げます。

少し経緯をお話しすると、

私の妻は今から7年前に乳がんと診断され、その時点でリンパ節まで転移していました。

手術で見えるところは摘出したのですが、2年前に再発。骨と肝臓で見つかりました。

そして今年の1月に病院からこれ以上の治療は難しい、余命は1か月ぐらいとだろうと言われました。

それ以降は日に日に、目に見えて容態が悪くなり、あと何日こうして二人で会話ができるのかと私にとってもつらく悲しい毎日でした。

そして4月25日の早朝、私の腕の中でゆっくり旅立ちました。 享年46歳でした。

妻は子供思いの人でした。

亡くなる2週間前の日曜日、その日は朝から苦しそうで、一日中ずっとソファーにくの字になってうずくまっていました。

そして夜、中2と小5の二人の息子をここに来てと膝に座らせ、今まで怒ってばかりでごめんね、ありがとうと言って1時間ほどずっと抱きしめていました。

子どもを寝せた後も苦しみが続くので、見かねた私は翌早朝4時に看護婦に来てもらいました。

処置後、看護婦は言いました。
強いのを入れたからお昼までは寝ているでしょう。旦那さんもお疲れだから寝た方がいいですよ―

その後、朝9時過ぎ、長男の通う中学校から電話が来ました。

眠い目をこすって電話に出ると、今お母さんが職員室の前に来ている、子どもに会わせてくれと言って、手と足から血を流して―

私は耳を疑いました。
そんなバカな、隣室の介護ベッドで寝ているはずだ、
大体、足はむくんでパンパン、数歩だって歩けないのに―

しかしその話は本当でした。
後から聞いた話では、家から学校までの途中、何度も転び、通勤途中のサラリーマンに支えられながら中学校まで行ったそうです。

事情を知らない学校の先生が即座に救急車を呼ぶと、それには乗らない、長男には会ったから今度は小学校に行く、自分には時間がないからと言ったと。

私は、母親が子を思う気持ちというのはこれほどかと思いました。
(学校にはご迷惑をおかけしました…)

その日、緊急入院となり、2週間後に病院のベッドで息を引き取りました。

もう妻に会えないかと思うと胸が詰まる思いですが、妻にしてみればやっと長く苦しい闘病生活から解放され、ホッとしている事でしょう。

最後になりましたが、塾に弔電やお香典をくださった方にはこの場で改めて御礼申し上げます。


そして私自身は連休を経て、心身ともに立ち直りました。

これから今までの分を挽回すべく、バリバリ仕事をしていきます!

みなさま、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。

テーマ :
ジャンル : 学校・教育

プロフィール

hyperlearnig

Author:hyperlearnig
<塾長> 工藤 豪

大学卒業後、半導体エンジニアの道へ進む。
2年後脱サラし、生徒らとの一喜一憂をもとめて2000年に塾を設立。

地域の学力に貢献しているかは不明も、成績を伸ばしたいと考える彼らのために日夜奮闘中!

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