3・11の記憶

「今日は3月11日か…」

名取教室に向かう車の中。

目まぐるしい毎日なので日付を意識していませんでした。

テレビがやけに震災関連の報道をしているのを見て気が付きました。
「そうか…今日は…」


私はすぐに一人の女子生徒、いや、のちにウチの塾でアルバイト講師を務めてくれた女性のことを思い出しました。

その子がウチの塾に来たのは中3の春。

成績はというと、幼いころ外国に住んでいたこともあって英語は抜群。理社国はまあまあ。でも数学はからっきしという生徒でした。

数学に興味を持ってもらおうと思って、私が「……となるんだよ!数学って美しいなあ!」とおどけて言うと、すぐに「どこが!」「キモイ~!」と笑って言うので、「どこがキモイんだよ!気持ちいいだろ!」と私が言っても「キモイものはキモイですよ!」と譲らない生徒でした。

それでも授業中、積極的な発言が多く、前向きに頑張る生徒だったので成績はぐんぐん伸び、苦手の数学は克服され、当時の南学区女子のトップ高である二女高(現・二華高)に合格。

その後、高校でも数学の面倒を見ると、高2のとき学年一位を取るなど奮闘し、見事東北大に現役合格を果たしました。

大学に受かったらウチの塾でアルバイトをしてくれる約束になっていました。

明るく爽やかで知的な彼女は、すぐに生徒たちから好かれました。

そうして大学1年生を終えた春休み―

閖上の自宅にいたところを津波に襲われて…。


遺体が見つかったとの報告を受けて、私は二女高の先生2人と遺体が安置されている親戚宅に向かいました。

棺の上には東北大1年次の成績表が乗っかっていました。午前中に大学の先生が持参したものです。

ご遺族がぜひ見てやってくださいというので手に取って開くと…、そこにあったのはオールAの成績。

「バカだな~コイツ。大学は遊ぶところだべやぁ~…」

二女高の先生が悔しそうに語っていたのを今でもハッキリ覚えています。


この子の母校である閖上中。

今は沿岸部から引っ越して塾の裏手の丘にプレハブ校舎になって建っています。

今年の新中学1年生は全部で6人ぐらいなんだとか。

私はそんな新1年生に言いたいです。

閖中卒でさあ、二女高で1位になったすごい先輩がいたんだぞ!

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ジャンル : 学校・教育

プロフィール

hyperlearnig

Author:hyperlearnig
<塾長> 工藤 豪

大学卒業後、半導体エンジニアの道へ進む。
2年後脱サラし、生徒らとの一喜一憂をもとめて2000年に塾を設立。

地域の学力に貢献しているかは不明も、成績を伸ばしたいと考える彼らのために日夜奮闘中!

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